Sep 10, 2026

大島育雄さんの思い出

 橇のランナーの手入れをする大島育雄さん。近くで若者も同じことをしていたら、歩み寄って教えていた。「シオラパルクに来たばかりで右も左も分からなかった頃、皆が色々と教えてくれた。今度は自分がその恩返しをする番なんだ」と笑って話していた。



昔は氷点下40度を下回るような極寒では摩擦が高まるので、滑りを良くするためにランナーに泥炭を盛ってから、その表面に水を塗布して氷のコーティングを施していた。デンマークの民族学者・探検家のクヌート・ラスムッセンは、長期遠征の際には泥炭の代替に水で溶いた小麦粉を使い、気温が上昇するとはがして犬のエサにしていた。カナダのイヌイットが泥炭をランナーに盛る様子が、第5次チューレ探検の記録映画のなかでも少しだけ紹介されている(16分48秒あたりから)。カナダ東部からアラスカまで、重い荷物を積んだ犬橇で3年間にわたり遠征調査したラスムッセンにとって、この手法無くして旅は続けられなかったと言っても過言でないほどで、著書のなかで幾度となくこの氷のコーティング(アイス・シューイング)について言及している。


シオラパルクの大島育雄さん 逝く

シオラパルクの大島育雄さん 誠実で、まっすぐで、歯に衣着せぬ物言い、そしてあの笑顔をずっと忘れません。ご冥福をお祈りいたします。

  


May 20, 2019

PGI 40th Anniversary Exhibition



1979年から最近まで PGI で展示してきたさまざまな作家の色々なプリントが展示されてあり楽しめます。5月24日まで。

Mar 15, 2018

忘れられてなどいない本たち

Forgotten Books?? エスキモーや極地探検にかんした古い文献をネット上で探していたら、こんなサイトを見つけた。ここから出版された印刷版は amazon.com などで注文できるが、直接サイトで登録すればなんと1ヶ月たった $8.99 でPDF版をダウンロードし放題だそうだ。ここには 945,609冊分にもおよぶ様々な分野の文献がある(全部読むとしたら、人生何回分が必要だろうか?)。

「歴史とは何年に、誰が、何をしたか、ということを学ぶのではなく、そのとき人々が何を感じ、何を思ったのかを考えることだ」と思想家の西尾幹二氏は言った。人間社会や文化において、まだまだ多くの謎や未知なる領域が残されていた時代に出版された本を読んでいると、まさに氏の言わんとすることが響いてくる。

私が読みたいと思う大抵の極地関連の本は、図書館で借りるか、ネット上で(多くの場合高額な)古書を買うかしかなかったが、このサイトで見つかれば格安で読むことができる。遅まきながらこのサイトの発見には欣喜雀躍の思いがした。






Jul 11, 2017

Birds in the Hand 2017.7.13 (Thu) - 9.1 (Fri) at PGI in Tokyo

Birds in the Hand 2017.7.13 (Thu) - 9.1 (Fri) at PGI in Tokyo


Grus canadensis: sandhill crane. カナダヅル

PGI にて7月13日から9月1日まで。

Jan 17, 2017

「クマの子殺し」から思ったこと・・

先日、あるテレビ番組で日本のツキノワグマを追っている動物カメラマンがとらえた貴重な生態の映像が紹介されていた。子グマを育てるメスのクマの姿が特に印象的だったが、そのなかで発情期に入ったオスクマによる子殺しの場面があった。ナレーションでは「ツキノワグマでは初めて確認された行動」とあり、今まで未確認だったことが意外で驚いた。何故ならば、ヒグマやシロクマではすでに知られた行動であったからだ。だからツキノワグマでも多分あり得る生態と思っていたのだが、やはりその場面を確認するには相当な努力が必要なのだろう。山岳地帯の多い日本の地形を考えれば、その観察の困難さもうかがい知れる。

話が少しズレるが、そこでふと思い出したのが、何年も前に日本のある報道写真雑誌で、一頭のシロクマが若い個体のシロクマの頭部を口にくわえたかなりエグくて衝撃的なカラー写真が掲載されていたことだった。海外のカメラマンがとらえた写真だったが、なんとその写真のキャプションの内容は「温暖化現象により氷が減少してアザラシなどを捕まえることができなくなったために、シロクマが共食いを始めた・・・」というものだったのだ。

人が何かを表現すると少なからずバイアスというものがかかってしまうものだが、温暖化現象に強引に結びつけてよりセンセーショナルな ”事件” に作り上げようとするこのカメラマン(あるいは編集者)の明け透けな意図と短絡さに呆れかえってしまったものだった。もしあらかじめシロクマの生態を少しでも調べていたら、こんな恣意的なキャプションは書けなかったのではないだろうか。ほんのわずかの言葉の誤謬が、その写真の価値を台無しにしてしまう恐ろしさも感じたものだった。

自然観察では、仮説を立てることと憶測を述べることは別物なのだ。「不確かなこと」をさも事実のことのように書くことは危険極まりない。上記の記事を読んだ読者のなかには「シロクマは環境の変化により共食いをするようになった = 本来は共食いはしない動物」と捉える者が少なからずいたであろう。

あくまで「根拠がないもの」や「不確かなこと」はその断りなく書いてはならないのだ。このことは自然科学にかぎらず、社会問題や社会科学に関連した出来事を伝えることにも言えることではないだろうか。最近ネット上で話題となっている大手メディアによる捏造記事とも繋がっているだろう。そういう意味においても、一人一人の受け手が情報の内容をよくよく吟味することが大切なのだと思う。


Aug 31, 2016

八月の終わり

いつのまにか八月も終わりに近づき、秋の足音が聞こえてくる季節となった。

この時季になると、親友からの古い手紙に書き添えられていたヘッセの詩が思い起こされる。




もう諦めていたのに、夏はもう一度力をとりもどした。
夏は、だんだん短くなる日に凝り固まったように輝く、
雲もなく焼きつく太陽を誇り顔に。
このように人の一生の努力の終わりに、失望してもう引っ込んでしまってから、
もう一度いきなり大波に身をまかせ、一生の残りを賭して見ることがあろう。
はかない恋に身をこがすにせよ、遅まきの仕事にとりかかるにせよ、
彼の行いと欲望の中に、終わりについての
秋のように澄んだ深い悟りがひびく。

                                                                                                                      Ende August